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おじいちゃんのこと。

北陸に住む大叔父から、名物の佃煮が送られてきました。

1月に自叙伝を恵贈いただいたので、

お礼に感想を添えてヴァレンタインのお菓子を贈ったのですが

そのお返しだということした。

一足早いホワイトデイの贈り物


「何を贈ったらいいんか、わからんかったけ~」

受話器の向こうの、すこし恥ずかしそうな声。

祖父のいない私には、祖父の弟にあたる大叔父が

私にとってのおじいちゃんです。


じきに86歳になる大叔父は、

若干16歳で「陸軍少年飛行兵」となり、

最も過酷だったと言われる南方戦線に赴いた時は19歳。

戦争末期の混乱の中を何とか生き延びて、

フィリピンのジャングルで終戦を迎えました。


スパルタの域を超えた軍隊生活も、

悲惨を極めた戦地での日々も、

自叙伝の語り口は淡々としています。

最も多感な、最も輝くべき時期を戦時一色に染められて、

さぞや口惜しい思いもあったことだろうと思いますが、

大叔父は「我が青春に悔い無し」と言い切ります。

自ら志を立て、それに従ったまでなのだから、

引き換えに何を失おうとも惜しむべきではないと。


きっと、書こうにも書けなかった

辛い経験が沢山あった事でしょう。

なのに、

「あの戦争は間違っていた」

「お国の為に青春を無駄にした」

そんな恨み言のひとつもなく、己の半生を胸を張って語る。


同胞の死を悼み、鎮魂の祈りを捧げ、

彼らの犠牲があってこそ自分があると、

「生かされて生きている」我が命に感謝を忘れない。


…読み終えた後、自らを省みて恥ずかしくなりました。

どんなことでも有りのままに受け入れて、

奢りも虚飾もなく生きる。

自分にはできてる?


大叔父は足腰が弱ってしまった近年までずっと、

ボランティア活動に力を注いでいました。

「みんなのおかげで生きているのだから、

 自分にできる事をして、みんなにお返ししたい」

言うは易し。

行うに難し。


平和な時代にのほほんと暮らす自分には、

自叙伝が書けるような人生の厚みがありません。

でも、この先の歳の重ね方を教えてもらったような気がします。

大叔父から学んだ、生きる事に対する姿勢を

いつも忘れずにいようと思います。


改めて感謝。

大叔父に、そしてすべてに。



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